川崎F 谷口博之選手

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1985年6月27日生まれ/神奈川県横須賀市出身
身長:182cm/体重:73kg
かに座/AB型

Jリーグ川崎フロンターレ谷口博之選手関連グッズ

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川崎フロンターレ 谷口博之選手

J1川崎フロンターレの若手MF(背番号29)選手です。

2008年北京オリンピックのU-23代表としても選出され、反町ジャパンの中核メンバーの一人として注目されました。
(川崎フロンターレ初のオリンピック選手です)

神奈川県横須賀市出身で、横浜FマリノスユースからJ2時代の川崎フロンターレに入団して現在に至ります。
ニックネームは「タニ」、好きなアーティストは「SMAP」、苦手だった教科は「家庭科以外全部」、憧れ・目標とする選手はマンチェスター・ユナイテッド やセルティックで活躍をした元アイルランド代表「ロイ・キーン」だそうです。

川崎フロンターレ後援会メンバーに送付される会報誌(デルフィーノ)に、谷口選手と同年代の菊池光将選手(MF/背番号17)の対談があり、そこにもいろいろと興味深いことが書かれています。

怖いものはお化け
2007年のACL(アジアチャンピオンズリーグ)でイランに遠征に行ったとき、谷口選手の部屋だけ広く、それが怖くて変更してもらったとのこと。

小さいころのあこがれは三浦カズ選手
TVで中村憲剛選手も小さいころは三浦知良選手にあこがれていたと言っていました。
サインをもらったりして興奮していた、と。
いまは自分たちがそういったポジションに立ちつつありますね。

休みの日は横須賀で・・・
休みのときは横須賀で喫茶店めぐりをされているそうです。 コーヒーにはうるさいとか。


谷口選手はサッカー人生で一番悔しかった試合として『ACLセパハン戦、PKを外した試合』をあげています。
これは2007年のアジアチャンピオンズリーグ決勝トーナメント準々決勝において、アウェー(イラン)で0-0、ホーム(等々力競技場)で延長の末0-0でPK戦になったときのことです。
4人目のキッカーだった谷口選手が惜しくもはずしてしまい、結果川崎フロンターレが敗退となった試合です。

私はスタジアムで観戦していましたが、泣きながらファンに挨拶をする谷口選手に対し、サポーターたちが大きな励ましのエールを送っていたのが印象的でした。
「(J1で結果を残し)また、来年もチャンピオンズリーグに行ってくれ。」それがサポーター達の想いでした。
(2007年、川崎フロンターレは5位で残念ながらACL出場権は得られませんでした)


川崎フロンターレのホームグラウンド 等々力競技場

Jリーグ1部のチーム、川崎フロンターレのホームグラウンドは、川崎市中原区にある等々力競技場です。

東急東横線、JR南部線の武蔵小杉駅からのバスの利用が便利です。
特に試合の際などにはシャトルバスも運行されるので、比較的スムーズに競技場にまで行くことができます。

武蔵小杉やその隣の新丸子駅近辺には、旗やポスター、グッズなど川崎フロンターレ関連のものがいろいろなところに見られます。
信用金庫には「ふろん太くん」がかざられていますし、ビル建設中のしきい板には、フロンターレの選手巨大な写真が刷られています。
また住宅マンションにフロンターレの大きな旗がたなびいているのが見られることもあります。
子どもたちは、理容室で「中村憲剛選手の髪型にしてください」と頼むそうです。
浦和レッズのようなテンションとは違いますが、地域の人たちにしっかりと愛されているしるしが見出されます。

フロンターレには日本代表のMF中村憲剛選手やGK川島永嗣選手、2007年J1リーグ得点王のジュニーニョ選手や、2008年の東アジア選手権で日本代表から得点を奪い北朝鮮チームに勝ち点1をもたらしたチョンテセ(鄭大世)選手など、魅力的な選手がたくさんいます。
機会があればぜひ試合の応援にきてください。


(楽天トラベル)